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阿波木偶の世界に魅了されるミニミュージアム/『人形のムラ』阿波木偶箱まわし伝承館・阿波木偶文化資料館(徳島県徳島市)

阿波木偶の世界に魅了されるミニミュージアム/『人形のムラ』阿波木偶箱まわし伝承館・阿波木偶文化資料館(徳島県徳島市)

阿波木偶の展示と伝承を目的とした『人形のムラ』

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全国各地にさまざまな伝統芸能がありますが、徳島には江戸時代から伝わる「阿波木偶(でこ)箱まわし」と呼ばれるものがあります。

「箱まわし」の“まわし”とは、人形を“舞わす”という意味。天秤棒で担いだ箱に「木偶」と呼ばれる人形を入れて持ち運び、舞台や劇場で公演するのではなく、招かれた家々や路上で巧みに操るという芸人たちによる優れた芸能でした。

「阿波木偶箱まわし保存会」の顧問である辻本一英さんによれば「箱まわし」は上方へと伝わった文楽と同じく、淡路人形芝居を源流とし、後に九州から関東地方までの人形芝居に大きな影響を与えました。

かつて正月になると、芸人は四国各地の家々を訪ねる「門付け」を行い、その年の五穀豊穣・無病息災や商売繫盛を祈ったそう。
四体の阿波木偶を用いた「三番叟(さんばそう)まわし」が正月の習俗として定着しており、明治時代初期には約200名もの芸人が存在しましたが、1960年代には一部の地域でしか見られなくなりました。

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ここ『人形のムラ』は、徳島の大切な伝統芸能を継承する拠点として2022年3月にオープン。

「阿波木偶文化資料館」と「阿波木偶箱まわし伝承館」の二つから構成されており、阿波木偶箱まわしの伝承と阿波木偶文化の魅力を発信するためにつくられたと阿波木偶箱まわし保存会の会長である中内正子さんが教えてくれました。

かつて保育園だった建物の入り口から左側が「阿波木偶文化資料館」です。順路には大きな絵画が飾られているほか、お土産にぴったりの書籍や手ぬぐい、Tシャツやトートバッグなどのグッズが置かれています。

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右側は「阿波木偶箱まわし伝承館」。
ショーケースの中には『おはん』や『色ざんげ』などで知られる作家の宇野千代による『人形師天狗屋久吉』(これは、明治から昭和初期にかけて、阿波人形浄瑠璃の隆盛を支えた天才人形師“初代天狗久”こと天狗屋久吉の生涯を描いたもの)などの貴重な出版物が飾られています。
明治・大正・昭和という3つの時代に、1,000を超える木偶を彫り続けた彼の作品も、ここ『人形のムラ』で見ることができます。

歴史的に貴重な阿波木偶を数多く展示

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阿波木偶箱まわし保存会の副会長を務める南公代さんの案内で「阿波木偶文化資料館」へ。

ここには今までに収集された幕末から現代にかけての阿波木偶をはじめ、頭(かしら)や衣装などの中から約350点ほどを常設で展示。
決して広い空間ではありませんが、ここでしか見られない名品も多く、一つひとつから実際に使用されていた年月の重みと強い存在感が感じられます。

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入ってすぐ左の壁に飾られている多くの頭。その種類の多さと精巧な細工に圧倒されます。

男女ともに年齢や性格などによって表情も異なるほか、役柄によっては眉毛まで動くようになっているのだそう。

武人や猿、山姥(やまんば)などの頭もありました。下のケースには、指が動くものや三味線の撥(ばち)を持つための「三味線手」など、さまざまなサイズと形の手が入っており、こちらにも目を奪われます。

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特に目を引くのは、やはり天才人形師“初代天狗久”の作品です。
伝統技法を守りつつ、頭部の大型化やガラスを用いた目玉の採用など、革新的な取り組みを進めた人物でした。

現在の徳島市国府町に生まれ、16歳のときに“人形富”こと川島富五郎に弟子入りし、およそ10年の修行の後に独立。「天狗屋」と号し、工房の看板に「世界第一」と記したほか、しばしば作品に「世界一」と銘を入れるなど、自身の技術に絶対の自信を持つ人形師だったといわれています。

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こちらは“初代天狗久”の手による“丸目”と呼ばれる頭。明治43年5月に製作されたもので「世界一」の銘が入っています。

阿波木偶では、立役方(主人公)の目は“角目”と呼ばれる目尻が尖ったデザインとなり、このような目尻が丸くなっている“丸目”は、敵役方としてつくられたそう。

ところどころ傷んではいますが、ガラスを用いた目玉の視線の強さが、何だか生きているようにも見えますね。事実、文楽の人形遣いたちからは「天狗久の木偶は写実的で表情が鋭すぎる」として、敬遠する向きもあったとか。

頭の大型化も衣装などを含めるとかなり重くなり、操るのが大変だった一面もあるようです。

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「お座敷木偶」は、ここに展示されている阿波木偶のなかでも珍しいものの一つ。囲碁や将棋の盤を舞台に見立てることもあったため「碁盤木偶」とも呼ばれています。

神山町の行者野では、座敷に小さな舞台をつくり、これらの木偶を使って人形芝居に興じたそう。
「昔は人形を操ることができた人がいっぱいおりましたから、結婚式などのお祝い事があれば、親族や近所の人が集まって、大いに楽しんだといわれています」と南さん。古い木偶ですが、一部は衣装などを手直しして使用しているとのことです。

今も受け継がれる正月の祝福芸「阿波木偶『三番叟まわし』」

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「阿波木偶文化資料館」の正面に展示されているのは、阿波木偶の門付け用具163点の一部。
これは国登録有形民俗文化財第12号に登録されている大変貴重なもので、三好郡東みよし町に住んでいた最後の三番叟まわし芸人の方が半世紀にわたって使用した人形を中心に収集した門付け用具です。

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かつて箱まわしを行う芸人は、木偶と鼓、紙札(かみふだ)や御幣(ごへい)などを入れた二つの櫃(ひつ)を天秤棒に振り分け、徳島はもちろん、愛媛や香川の一部まで、鼓打ちと木偶遣いの二人一組で門付けに回っていたといいます。

鼓のリズムと木偶遣いの歌に合わせて、千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟、えびすの阿波木偶四体が舞うのが「阿波木偶『三番叟まわし』」という祝福芸です。他地域における獅子舞のように、神の使いとして正月の家々を訪れる大切な行事でした。

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阿波木偶箱まわし保存会の会長である中内さんと副会長の南さんは、1999年に最後の三番叟まわし芸人の方に弟子入りし、失われようとしていた三番叟まわしやえびすまわしを継承。現役の門付け芸人として、正月から3月中旬まで断続的に県西部を中心に県南の一部を回っています。

阿波木偶箱まわし保存会の顧問である辻本一英さんによれば、訪問先のことを「壇那場(だんなば)」と呼ぶそうですが、何とその数1,060軒! 調査でさかのぼったところ、100年以上も続いているとのことです。

阿波の人形文化を未来へと伝えていくために

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『人形のムラ』の大きな特徴の一つは、貴重な歴史的資料の展示だけに終わらず、次世代へ箱まわしをつないでいく場でもある点です。

「阿波木偶箱まわし伝承館」では、その足跡の一部をパネルとして展示しているほか、ステージがあり、さまざまな人形芝居を上演することができるようになっています。
阿波木偶箱まわし保存会では『人形のムラ』ができる前から「箱まわし子ども体験教室」を行ってきましたが、ステージのある拠点が整備されたことで、より充実した指導ができるようになったそうです。

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また、国内外から来訪する研究者や研修希望者を受け入れ、阿波木偶を用いた箱まわし、三番叟まわしやえびすまわしについて学んでもらう場としても機能。
人形を操る芸能は世界各国に伝わっていることから、アメリカやフランスなどからも研究者が訪れ、徳島の伝統文化に触れる時間を過ごしているそうです。

阿波木偶箱まわし保存会では、東京都の八王子車人形西川古柳座や鳥取県の円通寺人形芝居保存会など、日本各地の伝統人形芝居と交流を持ち、ときには新たな技術を学んでいます。

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夏休みには「箱まわし子ども伝承教室」を実施。地元の北井上中学校区内では、えびすまわしをはじめ、大黒まわしや福まわしを。東みよし町内では三番叟まわしの伝承に取り組んでいます。
一人で洋装の人形を操り、メキシコ民謡の「シェリト・リンド」や「フラメンコ」といった洋舞に挑戦する子もいるそうですよ。

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徳島の誇る伝統芸能は「阿波踊り」だけではありません。
ここで受け継がれている人形を用いた正月の祝福芸「阿波木偶『三番叟まわし』」も、徳島でしか見ることができない特別なものであり、県指定の無形文化財に指定されています。

日本で唯一、現役の門付け芸人と対面できる場所でもある『人形のムラ』阿波木偶箱まわし伝承館・阿波木偶文化資料館。ここで歴史の一端に触れてみてください。 

瀬戸内Finderフォトライター 重藤貴志

関連地域

徳島県

四国八十八ヶ所のスタート地点となる徳島県。東西を山に囲まれ、扇状に広がる徳島平野、その先に広がる瀬戸内海。海の幸、山の幸に恵まれ、新鮮な食材を楽しむことができます。また目を楽しませてくれるのは本場の「阿波踊り」。見て楽しむだけでなく、観光客も参加して楽しむことができるのも魅力の一つです。瀬戸内海が魅せる鳴門の渦潮や、秘境祖谷のかずら橋、大歩危峡の川下りなど、徳島の自然も満喫してください。